忘れられない一瞬がある。
ある、ジャズドラマーのソロの後の一瞬だ。

一瞬、我に返ったバンドが再び息を取り戻した。
その瞬間から、それまでの彼らの演奏とは全く違った、
バディ・リッチ色に染まった音になったのだ。
一人のジャズドラマーの演奏に酔いしれた、
バンドマン達が、自分を忘れて、奏でた
その、音の粒ひとつひとつがバディ・リッチの声になって合唱を始めてしまったのだ。

息をのんだ観客は一斉に拍手し、喚きだし、
騒然となって、バンドと共に一つの曲の中に
溶け込んだ。


音楽は恐ろしい。
バンドで自分の演奏に悩んでいる諸君、
僕は言いたい、
「どんな演奏をすればいいんだ?」
「自分の後に、周りの仲間が自分の音になるぐらいの感動を与えろ」
と。

虹の下にあるもの

2003年11月27日
虹の下にある物を探しに旅に出かけるという
よくあるお話

宮澤賢治「十力の金剛石」より

「来た来た。ああ、とうとう来た。十力の金剛石がとうとう下った。」と花はまるでとびたつばかりかがやいて叫びました。
 木も草も花も青ぞらも一度に高く歌いました。
 「ほろびのほのお湧きいでて
  つちとひととを つつめども
  こはやすらけきくににして
  ひかりのひとらみちみてり
  ひかりにみてるあめつちは
  ……………     。」
 急に声がどこか別の世界に行ったらしく聞えなくなってしまいました。そしていつか十力の金剛石は丘いっぱいに下って居りました。そのすべての花も葉も茎も今はみなめざめるばかり立派に変っていました。青いそらからかすかなかすかな楽のひびき、光の波、かんばしく清いかおり、すきとおった風のほめことば丘いちめんにふりそそぎました。

肱川あらし

2003年11月19日
瀬戸内海、伊予灘に吹き出す
霧の突風。

ナショナルジオグラフィック ’03_11
(文・中田隆一 広島地方気象台防災調査官)

夜から翌日にかけて晴天で風のない夜、放射冷却によって盆地に霧が発生する。それが、朝の帳があけやらぬうちから、川面の霧が集まり、早さを増し、谷を一気に下る。

下流になるほど、V字の地形が狭くなり、河口付近では橋を渡る女性のマフラーをばたつかせ、長い髪が乱れてなびく。

これらの霧は、畑地をうるおし、豊かな冬の実りを育てる。

モンゴルの空

2003年11月17日
少し前、モンゴル料理を食べに行った。
モンゴルというと、遊牧を続けながら、
高原地帯を移動する・・・
そんな風景が誰しも思い浮かぶだろう。

ナショナル・ジオグラフィックの’03_10号で
ちょうど、”モンゴルの遊牧民”という記事があった。
(文=グレン・ホッジズ/写真=ゴールドン・ウィルツィー)
冬をしのぐため、100kmほど離れた宿営地に向かう1週間を追ったもの。

-20度の土地から-10度の盆地に移動する。400頭ほどもある牛、羊、山羊、馬、赤ちゃんは牛の上の木箱に入れられて、宿営地までの1週間を過ごす。猛吹雪にあえば、馬の腹まで雪に埋まる。1日の移動を終えると、フェルトの天幕を張った、ゲルで休む。モンゴルの最北の部落だ。

国は30年計画で90%の国民を都市部に定住させる計画だし、部落民も、子供達は都市の生活にあこがれる。どんな民族もたどってきた道。。。首都で働けば、1年分の現金が入るという。出稼ぎだ。

外国人が自然に囲まれた生活にあこがれを感じるのとは反対に、彼らの大半は、やはり、温かい都会の生活に思いを馳せる。

僕は、何を思えばいいのだろう。
食肉を流通させるための仕組みを作るNPOが活動しているそうだ。彼らは動いたのだ。
でも、僕にはもう少し、都会の生活に慣れる必要がある。
ここで僕は、自分の生きる道を探しているのだと思う。

ある日記のこと

2003年11月16日
Webの先達たちが築いてきた
ルールもモラルも崩壊した今、
日記を書くということが
なぜ勇気のいることになってしまったのだろう?

言葉の汚猥物があふれているから
自分の言葉を大切にしよう。

今日から
津軽鉄道にストーブ列車が走り始めた。
もう、冬なのだなぁ

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